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仙台高等裁判所秋田支部 昭和35年(ナ)2号 判決 1962年2月19日

原告 伊藤勇治郎

被告 秋田県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(一)  原告訴訟代理人は、「昭和三五年三月二六日執行の秋田県仙北郡南外村議会議員一般選挙における当選の効力に関する訴願について被告が同年九月二七日なした別紙記載の裁決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を決め、被告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

(二)  原告訴訟代理人は、請求原因として、つぎのとおり陳述した。

1  原告は昭和三五年三月二六日執行の秋田県仙北郡南外村村議会議員一般選挙に立候補し、一一二票を得票し、選挙会は原告を最下位当選人と決定し、その旨告示された。ところが、右選挙の候補者で一一一票の得票を得て最上位落選人となつた訴外伊藤宗雄ほか一名は、当選の効力に関し、同年四月七日南外村選挙管理委員会に対し異議の申立をし、同委員会はこれを棄却する決定をしたところ、右両名は、さらに、同年五月二八日被告に対し訴願を提起し、同年九月二七日被告はこれを容れ、右決定を取り消し、原告の当選を無効とする旨の裁決をなし、その裁決書を同月二九日原告に送達した。

2  右裁決は、無効投票中に「いとうつねお」と記載された投票一票の存在することが確認されるところ、この投票の記載と一致する氏名を有する候補者はいないが、この記載の名にきわめて近似する名を有する候補者に伊藤宗雄候補がいることからして選挙人は同候補の名である宗雄の「むねお」を「つねお」と誤記したものと認めるのが相当であるから、この投票は有効投票とし、同候補の有効投票の数に算入すべきであるから、同人の得票数は一一二票となり、最下位当選人である原告の得票数と同数になるので、右委員会の棄却決定を取り消し、原告の当選を無効とするというのである。

3  しかしながら、右裁決は、以下に詳論するとおり、違法も甚だしいと信ずる。

(1)  「いとうつねお」なる一票の記載に近似した氏名の候補者は伊藤宗雄一人ではなく、落選候補者中にも「伊藤雄」の三字を同一にする者に伊藤徳雄、伊藤辰雄の二名がいる。ところで、右一票は、つぎに掲げる理由から、伊藤辰雄(たつお)と伊藤宗雄(むねお)の両者に義理のある選挙人が、両者の名をもじつて辰雄の「つ」の字と宗雄の「ね」の字をとり、両者のいずれでもなく、いずれにも近い「つねお」と記載したものと判断される。

イ 伊藤辰雄の亡父は医師であつて、村人は伊藤辰雄を今でも「医者おど」と呼んでいる。そして、伊藤宗雄は歯科医なので、同人をとくに「むね医者」と呼んで、前者と区別している。したがつて、伊藤宗雄を指す以上、「むね医者」を「つね医者」と間違うということは村人たる選挙人にはないのであるから「つねお」は「むねお」の誤記ではない。

ロ 両名とも、医師の家で生まれ、かつ、南外村(旧南楢岡村と外小友村の合併村)の同一地区(南楢岡地区)から仲良く立候補した関係上、両家の患者であつた者等両家と親しくしている多数の楢岡住民は、「医者おど」の辰雄に投票すべきか、「むね医者」の宗雄に投票すべきかに迷つたことは周知の事実であつて、「二人が一人」であつて「つねお」なら文句はないのにという駄酒落さえ飛んでいた。

ハ 異議の申立を受けた村選挙管理委員会は、村内の事情に精通するところから、「つねお」は「たつお」の「つ」と「むねお」の「ね」とをとり、辰雄と宗雄を一人にした「つねお」で、両者のいずれの得票か不明であるとして、これを無効投票と判定したのである。

ニ 伊藤宗雄の得票中には、記載された文字からみて、無学無筆の者の投票と認められるものがあるが、伊藤宗雄の「むね」を誤つているものは一つもない。しかるに、本件で問題になつている「いとうつねお」なる投票の記載は、田舎には珍らしく達筆であり、相当事理を解した人物の投票であることは明瞭である。この人物が「つねお」と記載したのは明らかに故意にしたものであつて、「いとうたつお」と「いとうむねお」とをもじり、「つねお」としたものとしか考えられない。

それ故、「いとうつねお」なる投票は、無効と解すべきである。

(2)  さらに、被告は、原告の有効得票である「いゆう」(伊藤勇治郎の氏と名の頭字をとつたもの)一票が他の候補者の得票中に混入していることを看過している事実がある。

したがつて、原告の有効得票は一一三票となり、伊藤宗雄の有効得票は一一一票となるから、被告の裁決は誤判であり、違法である。

(三)  被告訴訟代理人は、原告主張事実中(二)の1、2の各事実および落選候補者中に伊藤徳雄、伊藤辰雄の二名がいることを認め、その余の事実は否認し、「いとうつねお」なる票の記載は、つぎの理由から「いとうむねお」の誤記と認むべきであると述べた。すなわち、「いとうむねお」と「いとうつねお」とは、単に「む」と「つ」の違いで、この二つはいずれも「う」行の子音であつて音感は近似しており、記憶も誤りやすいものと考えられる。投票者が伊藤むねおの名を伊藤つねおと記憶違いしていたか、あるいは「むねお」と書くつもりで「つねお」と誤記したか、そのいずれかであつて、右誤記にかかわらず、伊藤宗雄に対する投票であることを確認するに十分であるからである。

(証拠省略)

理由

原告主張事実中(二)の1、2の各事実および落選候補者中に伊藤徳雄、伊藤辰雄の二名がいることは当事者間に争いのないところである。

そこで、本件選挙における無効投票中に存在する「いとうつねお」と記載された投票一票は、同選挙の候補者である伊藤辰雄および伊藤宗雄の氏名を混記した無効投票と認むべきか、または候補者伊藤宗雄に対する有効投票と認むべきかについて、判断することにする。

証人八島嘉右エ門、同今野多一、同伊藤進、同伊藤敬治郎、同伊藤宗雄、同今野茂一、同佐藤千代治の各証言、検証の結果(第一回)を総合すると、仙北郡南外村の住民のうちには、伊藤宗雄が同村字落合に居住する歯科医であるところから、同人を「歯医者」、「宗雄先生」、「むね医者」、「落合の医者」などと呼ぶ者があり、伊藤辰雄は農業に従事しているが、同人の先々代が医者を業としていたことから、同人を「医者おど」と呼ぶ者があるが、むしろ、一般には、「沼田のおど」、「沼田の辰雄」などと呼ぶ者が多いこと、伊藤宗雄に対する投票中には稚拙な字で記載されたものがあるが、伊藤宗雄の「むね」を誤つているものはないこと、「いとうつねお」なる投票一票に記載されている字は、伊藤宗雄に対する他の投票の字と比較すると、上手の部類に属することを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。右認定のように伊藤宗雄、伊藤辰雄が呼称されているからといつて、選挙人が「伊藤宗雄」を「いとうつねお」と誤記することがあり得ないとは考えられない。なるほど、「いとうつねお」なる投票一票に記載された字は比較的上手ではあるが、この程度の字態からこれを自書した者が相当事理を解した人物と推定することはできず、また字の巧拙と誤記の有無とは必ずしも原因結果の関係に立つものではないから、稚拙な字の投票が「伊藤宗雄」の「むね」を誤つていないからといつて、上手な字の「いとうつねお」なる投票一票は、「むね」を誤つているものではないと断定することはできないし、明らかに故意に「つねお」と記載投票したものであると推論することもできない。しかも、原告の主張する、南外村楢岡住民の多数が伊藤辰雄に投票すべきか、伊藤宗雄に投票すべきかに迷い、「二人が一人」であつて「つねお」なら文句はないのにという駄酒落さえ飛んでいたとの事実は、本件訴訟に提出された全証拠資料をもつてしても、これを認めることはできないのであるから、「いとうつねお」と記載された投票一票が、原告の主張するように、「伊藤辰雄」の「つ」と「伊藤宗雄」の「ね」とをとり、両者の氏名を混記したものであると認めることは、到底、できない。

かえつて、本件選挙における候補者中には、右投票一票に記載された「いとうつねお」の氏名と完全に一致する氏名の候補者はいないが、これと類似する氏名を有する候補者として、伊藤宗雄、伊藤辰雄、伊藤徳雄の三名がいることは、当事者間において成立に争いのない甲第一号証により認めることができるばかりでなく、証人伊藤宗雄の証言によると、本件選挙は南楢岡村と外小友村とが合併して南外村が成立した後における最初の村議会議員一般選挙であることを認めることができる(右認定を左右するに足る証拠はない。)ので、選挙人が候補者の氏名を誤記することもありうると考えられるのであつて、さらに、選挙人は一人の候補者に対して投票する意思をもつて氏名を記載することが通常であることを思えば、右投票一票は、これに記載された氏名に最も近い氏名の候補者に対する投票と認め、合致しない記載部分は、誤つた記憶によるものか、または単なる誤記と解するのが相当である。そこで、右三名の候補者の氏名と右投票一票記載の「いとうつねお」なる氏名との類似性の程度を比較すると、平がなで氏名を表示するときは、「いとうつねお」と「伊藤徳雄」の「いとうとくお」および「伊藤辰雄」の「いとうたつお」との相違はいずれも二字であり、「伊藤宗雄」の「いとうむねお」との相違は一字であり、伊藤宗雄の氏名と最も近く、この三名の候補者の氏名の各発音から受けるそれぞれの全体的印象と「いとうつねお」の発音から受ける全体的印象とを比較しても、伊藤宗雄のそれと「いとうつねお」のそれとが最も近似しているのであるから、「いとうつねお」と記載された投票一票は、「伊藤宗雄(いとうむねお)」に投票する意思をもつて、その名のうちの「む」を「つ」と誤記したものと解するのが相当であるから、これは伊藤宗雄に対する有効投票と認めるべきである。

さらに、原告は、原告の有効投票である「いゆう」一票が他の候補者の得票中に混入していると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

以上の理由により、被告のした本件裁決には違法の点がないから原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林善助 石橋浩二 佐竹新也)

(別紙裁決書省略)

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